トクベツ




 …━これは学校の教員用じゃないんです。僕のアドレス、もらってくれる?━…


 そう言って放課後の化学室でこっそり手渡されたメモ用紙。
 一つだけ他とか異なる着信音は、精一杯のトクベツ。


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 『今日は本当にありがとうございました。
 私一人じゃ空中庭園なんて行きづらいなって思ってたところだったのですごく楽しかったです』


 日曜日のデート。
 部屋に入ってからすぐに携帯を開いて、ついさっきの礼をする。

 こうやって送らなければ、何の口実もなしに送ることなど到底できそうになかったから。

 先生からの返信は期待しないのが私の心の中の決まりだった。
 だから、どんなに短い文章だったとしても先生から返信が来るという事実が私を喜ばせた。


 『それは良かった、先生も楽しかったです』

 『今度また、違う花の咲く時期に一緒に行きたいですね』


 先生の返信は、大抵が遅い。
 前にチラと目にした人差し指でぎこちなくボタンを押す先生を考えればすぐに納得できたのだけれど。


 『それはナイスアイデア』


 それでもやはり不安にはなるもので。
 絶対に迷惑はかけたくないと自分から始めた行為に終止符を打つ。


 『若王子先生メール苦手ですか?
 送るのやめましょうか?』

 『先生は携帯の操作が苦手です。
 今、門まで出てこられる?』


 受信したメールの本文を見て、私は慌てて玄関へと向かった。
 こんな時間にどこへ行くの、と母の声が聞こえて、コンビニ!とでたらめに答えれば、サンダルを引っ掛けて扉を開ける。

 そこには白い息を吐きながらにっこり微笑む先生がいた。


 「やっぱり僕は、こうやって直接話したい」

 「先生…」

 「あ、すみません夜も遅いのに。すぐ帰りますから」


 呆然としたまま呟いた私の言葉を、先生はどうやら困惑のモノとして捉えたらしかった。

 こちらに背を向けて門に手をかける先生のコートの裾を半ば反射的に掴んで、驚くほど自然に言葉が零れる。


 「私も直接話したいです、だからもう少し……」


 言ってから顔が熱くなる。
 先生は何も言ってはくれなくて、しばらく無言のまま、時だけが静かに流れていく。

 長い沈黙に耐えきれず、声を発しようとしたとき、先生が私の手を引いて腕の中へと閉じ込めた。

 あまりに突然すぎて一瞬全てが停止したように思えて、それでも間違いなく目の前にある胸板にそっと頭を預けた。


 「先生、きっと今とても情けない顔をしてる」

 「……先生にそんな顔をさせられるのは私だけ、ピンポンですか?」

 「…えぇ、ピンポンです。海野さんだけ、海野さんだけですよ……」


 唇に落ちると思った熱は額に落とされて、ちらつき始めた雪の中で私たちは、込み上げてくる幸せと、どうすることもできない切なさに包まれて。

 ただきつく抱きしめあった。