故意の事故




 二人だけの化学室
 二つのビーカーに入ったコーヒー
 呼び出しの放送が流れた


 「やや、先生呼ばれちゃいました」


 すみません、と小さく謝って先生は職員室へと行ってしまった。


 一人だけの化学室
 二つのビーカーに入ったコーヒー
 ふと、思いついた


 自分のコーヒーを先生と同じくらいの量になるまで飲み、先生のビーカーと位置を変える。

 今まで先生の飲んでいたコーヒーの入ったビーカーは、私の手の中に。


 「お待たせしました、冷めちゃいましたか?」

 「大丈夫ですよ」

 「それは良かった」


 先生の手がビーカーに伸びる。

 私の唇の触れた位置に先生のソレが触れる。


 暫しの沈黙、先生は少し目を細めて微笑んだ。


 「事故…ってことにしておきましょうね」

 「え?」

 「ビーカーが違うの気付きましたけど、先生気付かないフリして飲んじゃいました」


 自分のしたことがバレていたのだということと、その上での先生の行為に顔が熱くなる。
 恥ずかしくて俯いたままビーカーを握りしめた。


 「先生がどうしてビーカーが違うことに気が付いたか分かる?」

 「……コーヒーの量?」

 「ブブーです。実はこのビーカー、小さくA・Uって入ってるんです。海野さんのイニシャル、専用ビーカーです」


 コーヒーを混ぜるようにビーカーを回しながら指で示された部分には、確かに私のイニシャルが入っていた。


 「…海野さん。故意の事故って、こう書くとなんだか素敵じゃないですか?」


 そう言って先生がピンクのチョークで書いた文字が私を幸せにする。

 そんな、毎日。




 故意の事故=恋の事故